【心呼吸】#03 失業登山/ 乾徳山

こんなのニュースで流れてるよ。
呑気に都内に遊びに行った帰りの高速バスの中で、送られてきた動画を見た。職場の倒産のニュースだった。いつかは来ると思っていたその時がその日だった訳だけれど、東京という普段の山の中の生活とはかけ離れた場所に行っていたせいか、どこか夢の中の出来事みたいだった。

先のことはハッキリしなかったけれど、分かっていたことは、次の週のシフトが数日なくなった、という事のみだった。

時間だけが生まれた。

山に行こうか。
山好きが集まる職場の仲間たちとは必然的にこういう会話になった。数年間一緒に働いた山の先輩がちょうど誘ってくれた。

もしかしたらこの先、毎日暇になるのかもしれない。そうなると今まで考えていた翌日の仕事への余力とか、天気とか、互いのシフトとか、そういったものを無視して予定を組める。そうしたら、ちょっと次の日疲れが出るかもと、仕事が詰まってる時には躊躇していた乾徳山を提案してみた。

前日の大雨の影響で、登り始めはあちこちから水が流れ出て小さな沢がたくさんできていた。霧の樹林帯の中、ゆっくりと歩いた。乾徳山というと、山頂直下の岩登りのイメージしかなかったけれど、実際に行ってみるとそこはとても豊かな森だった。


優しくて穏やかな顔があり、爽やかな草原の向こうには富士山、遊び心を感じる名前が付けられた様々な岩。のんびりと草を食む鹿の親子。

山頂を人の顔と捉えるならば、そこに辿り着くまでの様々な山の表情は、他の人が知らない顔をそっと見せてくれたような、そんな小さな感動があった。本当はそういう一面もあるんだね、そんな風に言いたくなった。

最後の岩登りはトラバースで巻くこともできたけれど、チャレンジできるならしたいのが性というもの。登山口で先に歩いて行ったおじさま達はとっくに登って、クライミングを楽しんでいて、眺めていると手を振ってくれ、シャッターチャンスを待ってくれているようだった。慌てて動画を撮ったつもりが、iPhoneのデータの中にはそれはなかった。

下山道は岩稜帯を避け安全なルートを選んだつもりが、なかなかハードな道で、笹藪や木の根っこだらけの急登。冷や汗で写真どころではなかった。先輩は先を歩きながら、常に私の気配を感じ取り、私が遅れたり写真を撮ったりすると、黙って歩みを止めて待っていてくれた。みんなそれぞれに歩くペースがあって、人のペースに合わせるというのは大変なことだと思う。

時折この先の生活のことが頭によぎって憂鬱になった。下の娘が二歳の時に仕事復帰してから約13年間、仕事を変えながらもほぼずっと働き続けてきた。突然仕事がなくなるという人生初の出来事をどう捉えるか。何故だか山に登ろう、そればっかりが頭の中を占領していた。

結局のところ、その翌日は夜中の0時まで職場の後片付けをすることになり、疲れを引きずった数日となった。思った通りにいかないのが人生、そして山。アクシデントはつきもの。奇しくも乾徳山は修行の山。何でもかんでも登山と絡めて考える癖がいつの間にかできてしまったようだ。