【心呼吸】#02 卒業登山 / 羅漢寺山(弥三郎岳)

羅漢寺山のある昇仙峡は、この春進学の為に県外に出た息子が小学四年生まで育った敷島から一番近くの山である。息子がちょうど一歳の時、私は半年違いで父と母を癌で亡くした。同じタイミングで仲良くしていた友達親子も転勤で山梨からいなくなってしまい、気軽に頼れる人がいない状態だった。

ときどき息子が泣き止まず、どうにも行き詰まってしまった時に、チャイルドシートに彼を乗せ、昇仙峡まで車を走らせた。車に揺られ、ほどなく息子が眠りにつくと、カーステレオから流れてくる音楽に浸ることができた。平日の昼間は観光客もまばらで、その静けさに気持ちは落ち着き、迫力の覚円峰を眺めながらただ上へ上へと向かい、何をする訳でもなく駐車場を一周すると、アパートに戻った。

通信制の高校に入った息子には三年間たくさんの時間があった。時折「山行く?」と誘うと、わりといつもすんなり「いいね」という返事が来た。それが本心なのか、母をがっかりさせたくないからなのかは分からなかったけど、恐らく後者の割合が大きかったと思う。それでも下山した後の彼の清々しい表情に、いつもこちらが救われる気持ちだった。

彼とはこの三年間で瑞牆山、金峰山、日向山、入笠山、飯盛山、赤岳、編笠山、硫黄岳、蓼科山、竜ヶ岳、茅ヶ岳、横尾山など色々登ったけれど、高校卒業登山はやっぱり彼の故郷の山だなと思い、羅漢寺山にした。

感慨深い、つもりが杉林の山は花粉の嵐。
くしゃみと涙でティッシュが一瞬でなくなり、違う意味で忘れられない登山になった。羅漢寺山は以前登った時は昇仙峡の下の駐車場から白山や白砂山を巡り、弥三郎岳を堪能してから昇仙峡ロープウェイの脇道を下り、仙ヶ滝や奇石を見ながら車道をひたすら歩くという、まあまあのロングコースだった。それでは息子が難色を示すような気がしたので今回は最短コース、昇仙峡ロープウェイの近くの登山口から弥三郎岳のピストンにした。鼻をむずむずさせながら忍耐の杉林。ロープウェイ駅でラーメン食べて、のんびりハイキングは花粉症でさえなければ最高だった。

今はロープウェイの脇道はBMXのコースも兼ねているけれど、歩行者優先とのこと。”slow down”の看板が可愛くて、ひたすら写真に写してきた。楽しみ方は自由である。

息子に「学校はどう?」とLINEすると、「苦しいけど楽しいよ。やりがいを感じる。」と返信があった。まるで山登りを表現するみたいな答えだなと思った。強さも弱さも全部丸ごと引っ提げて、ぶつかりながら楽しんで過ごして欲しい。そして彼が山梨に帰ってきたら、また一緒に登りたい。ただ同じ時間を山で過ごしたいのだ。