凸凹人生、やっとここまで来れた、という感覚だった。
私はずっと生きづらかった。いつも心の奥に言いようもない寂しさが付き纏い、その正体が分からず、困っていた。いったんその正体不明の寂しさが暴れ出すと、自分でも手に負えず、ただひたすら泣いて布団の中に閉じこもり、時には人にそれをぶつけ、相手を傷つけ、そして傷つけたことと、孤独に耐えられず、朝まで途方に暮れるしかなかった。
自分には家族も友人も、仲間も、住む家も仕事もあるのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。泣き腫らして眠れぬ夜を過ごした翌朝、カーテンの隙間から差し込む光を感じ、壁に映し出され揺らぐ影を見ると、それでも弱々しく気持ちは立て直した。
またなんとか起き上がることができた、、。
朝になると、寂しさは、きっと気のせい、ホルモンか何かのせい、そう思って忘れることができた。そうやって私は自分の中に生まれては消え、生まれては消えを繰り返し、でも決して立ち去ってはくれない寂しさの正体を突き止める事ができず、たまたま靴のソールの溝に入り込んでしまった何かの種のように、仕方なく一緒に歩いてきた。

11月は、どこか自分らしくて好きな季節だ。
夏の喧騒と暑さが和らぎ、辺りは賑やかだった音が急速に静まり返り、時が止まったように感じる。力強く自らの存在をアピールしていた太陽の光は、気力を落としたように弱まり、小さく微かに揺らぐ。そんな季節がやってくると、なんとも言えずほっとする。








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「私って気が利かないから」
かつて大切な友人に何の気なしにそう伝えると、「それは本当のあなたじゃなくて、自分以外の他人が勝手に決めたあなたで、思い込みかもしれないよ。」笑って返事が返って来ると思ったら、真顔でそう言われたことがある。
その時は、心底驚いた。
私は、人から言われたその言葉が、それが生まれ育った家族に繰り返し何度も言われた言葉だったが故に、たった一つの真実だと長年本気で思い込んできたのだ。彼にそう言われて、その時はじめて、本当に初めて、そのことに気がついたのだから。


