【心呼吸】#10 ぽかぽか山/創作の森おびな

ぽかぽかと暖かかった一月の或る日、甲府市にある千代田湖のほとり、創作の森おびなでtapiiriさんが主催する染め物のWSに参加させてもらった。昇仙峡に程近い千代田湖はかつて暮らしていた旧敷島町から近い為、思い出がたくさん詰まった場所である。子どもたちが小さかった頃、夏休みの宿題である「蝉の抜け殻を拾ってくる」という、虫嫌いな息子からすると全く嬉しくなかったであろう課題も、ここに行って、オーバーツーリズムばりに混み合う抜け殻天国にいささかびびりながらも歓喜して拾い集めた。

今回は三角山工房さんご指導のもと桜の枝で染め物をした。桜は花だけではなく、幹や枝から既にあのピンク色の色素があると知った時は感激した。ほんのりオレンジや茶も混ざっているので、どんな色に染め上がるかはできてからのお楽しみのようだ。

大人たちが寸胴の周りを囲んで染め体験をしている間、子どもたちは野鳥と虫の先生でもあるかげろう珈琲さんとIさんを囲んで既に楽しそう。カメラマンに任命された私は、近寄ったり離れたりしながら、なんとも幸せなこの光景に終始感激していた。

三角山工房さんに染め物の仕上げをしてもらっている間、みなで千代田湖まで鳥探しの散策に出て、宝探しをするように鳥を探した。子どもたちが発見して、先生たちがすぐに名前や生態を教えてくれるという贅沢な時間だった。ある庭先でツグミを見つけ、みんなで双眼鏡などを使ってあっちだ、こっちだ!と見つめている姿は、民家の方からしたら、知らない人たちがみんなで自分の庭を見ていて、何が起きてるかと驚いたかもしれない。その様子を少し離れた所から見ながら、とても可笑しくなった。そのつもりで見てみると、虫も鳥も生き物たちがそこかしこにいるのである。tapiiriのさやかちゃんが今回見つけた鳥をメモ書きしていたところ、ほんの少しの時間で20種類以上を発見できた。

子どもたちのキラキラとした瞳、真剣な眼差し。彼らがとてもいい時間過ごしていることに羨ましくなった。子どもには子どもの世界があって、大人は介入してはいけない世界もあると思っているけれど、それと同時に大人も子どもと同じようにその世界に入り込んでしまう大切さも実感している。大人も子どももボーダーのない世界。何より寄り添い合う時間、これがあるとないとでは大きな違いがある。大人も子どももなく、一緒に楽しむ彼らを見て、改めてそう感じた。そんな風に感じて鳥を見つめていると、後ろからそっと双眼鏡をかげろう先生が差し出してくれた。ズームになった双眼鏡越しにうまく鳥を見つけられない私に、双眼鏡の使い方を教えてくれた。ほんの一瞬、私は子供に戻った。そっと差し出してくれる手に、ぽかっと心が温まった。

帰り道、Iさんが古い鳥の巣を発見し、それを見た子どもたちが一斉に駆け寄った。卵を温める為に親鳥が作るその形はなんて美しいのだろう。脳内で人間の子宮や胎盤と重ね合わせる。命を育む暖かく美しい形。そのまんま家に持って帰りたい、そんなエゴが思わず脳裏に浮かんだが、どうもここにはダニなどがいて、家に持ち込むのは難しいそうだ。創作の森に戻ると、各々が染めた布やバックなどがすっかりピンク色に染まり、木にに結ばれた紐の上にひらひらと干されていた。どこかの国の田舎の風景のようなどこか懐かしい光景だった。

子どもたちは先ほどの鳥の巣を解体し、何のパーツからできているかを研究するべくI先生を取り囲み大盛り上がりだった。子どもたちはもとより、先生たちがとても楽しそうだったのが印象的だ。染めの先生が生まれたての赤ちゃんを連れてきていた。希望の塊であるその小さな手に触れ、命の尊さを感じた。大人たちがかげろうコーヒーさんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら寛いでいる間、子どもたちは今度は自分たちで作ったゲームを始めた。オンラインゲームもおもちゃも何も無い。自分たちでルールを決めて、それに従って時々大人も巻き込みながら。とても豊かな時間だった。

数えきれない選択の繰り返しで、山梨に暮らすようになり、自然に囲まれた生活をするようになった。偶然のようでそうではなかったのだと今は思う。無意識だったけれど、やはりこの壮大な自然に導かれて辿り着いたのだ。ここで暮らし始めた頃は、「山梨は何もないよ」地元の人たちに何度となくそう言われた。人は何を選択して見るかで見えるものが全く違ってくる。ネット検索する時の、検索条件みたいなものをそれぞれが持っている。チェックする項目が違えば、溢れるほどの自然が目に飛び込んで来るし、逆に言えば、「何も無い」という検索結果が提示される。

自然界の美しさは、あらゆるデザインの元になっているし、自然の中にある絶妙なグラデーションや形状から、人間は創作のインスピレーションをもらっている。そして自然と向き合い生きてきた先人たちから、数えきれないほど多くの智慧を受け継ぎ生きている。今はとても「実感」の少ない時代だ。ありとあらるゆることを実体験のないまま、擬似体験ができてしまうし、分かったような気になってしまう。虫嫌いでもいい。何もないと思ってもいい。山に登らなくてもいい。博士にならなくてもいい。土に触れ、鳥を探し、落ち葉を拾い集め、霜柱をザクザクッと踏み締める感覚を覚える。そんな一日がきっと心の栄養となり大人になった時の彼らを支えてくれると信じたい。山梨という豊かな土地でこのような活動を続けている彼らに感謝した一日だった。

白倉美織

Author 白倉美織

八ヶ岳南麓暮らし。山と写真と読書、ときどき美味しいものがあれば幸せ。 Instagram

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