やまなしサウナ巡礼 #2「薬石の湯 瑰泉(閉業)」

笛吹市の瑰泉(かいせん)は、2023年5月31日をもって20年の長い歴史に幕を下ろした。2月に「閉館のお知らせ」というメッセージが公式LINEから届いたときには本当にびっくりしたし、信じられない気持ちだった。「形あるものいつかはなくなる」なんていうけれど、瑰泉のような大きな施設が突然閉館してしまうなんて、全く想定していなかった。

「そもそも瑰泉とは?」という人もいると思うので簡単に説明すると、瑰泉は温泉、薬石ドーム(岩盤浴)に加えて食事処や雑魚寝スペースもある、いわゆる健康ランドスタイルの温浴施設だった(過去形になるのが悲しい…)。館内には至るところに巨大なパワーストーンが置かれていて、山梨が宝飾産業が盛んな地であることを感じさせていた。

私はたまたま休みが重なり、営業最終日に瑰泉を訪れることができた。その時の様子やこれまでの思い出をここに書いてみようと思う。もう足を運んでもらうことはできないけれど、少しでも記録を残しておきたい。


私が初めて瑰泉に足を運んだのは短大一年生の頃だった。当時、昭和町の塾でアルバイトをしていて、そこでは年末が近付くと「忘年会はカイセンで!」という合言葉が飛び交っていた。「カイセンって何だろう…」よくわからないままに指定の日に指定の場所に行くと、なんだか立派な施設に辿り着いた。

決しておしゃれとは言えないピンク色の館内着に着替え、まずは薬石ドームでごろごろ。奥には熱した石が敷き詰められている部屋もあり、先輩の先生が寝転んでその石をお腹にのせたり目の上にのせたりすると気持ちいいことを教えてくれた。

たっぷり汗をかいた後は、お風呂で汗を流して食事処で宴会スタート。焼き鳥や馬刺しなどを食べながら楽しくお酒を飲んで、あとは自由解散という流れだった。私は雑魚寝スペースで朝まで寝て、朝にもう一風呂浴びてから家に帰った。今思えば、なんて最高な忘年会なのだろう…。

すっかり瑰泉を気に入った私は、その後も短大の友だちを連れて何度もこの施設を訪れた。当時はデトックス目的で、漫画を読みながらひたすら薬石ドームで汗をかいて過ごした。たっぷり汗をかいた後にカフェエリアに用意されたハーブ水とごろっとした岩塩を口に入れると、水分と塩分が身体に染み渡っていく喜びを感じた。中庭に出ると、外の空気がひんやりと冷たくて気持ちよかった。私が後にサウナにハマることとなるベースの部分は、おそらくここで培われたのだろう。

時にはすぐ近くの魚民で飲んで瑰泉に泊まるという大学生らしい?コースも楽しんだ。車がないとどこにも行けない山梨で、寝ていける場所があるのはありがたかった。全く知らない人が自分と同じ服装ですぐ横で寝ているという不思議な空間で、タオルケットの中で丸まってイヤホンを使い周りに聴こえない小さな音でこっそり音楽を聴いて自分だけの世界に浸るのも好きだった。

30代になってからもやっていることはほとんど変わらず、数ヶ月に一度は訪れて昼からビールを飲んだり、ピンク色の館内着を汗でびしょびしょにしながら“ぐでたま”みたいに寝転んで「東京タラレバ娘」を読んだりしていた。もちろん、サウナにもたくさん入った。そんなオシャレとはかけ離れた休日が私は好きだったし、「いくつになってもこうして幸せを感じていたい」と思っていた。それなのに、まさか閉館してしまうなんて…(涙)

閉館の理由は「新規事業計画ならびに再開発のため」とのこと。色々な事情があって仕方のない決断だったに違いないが、山梨から瑰泉がなくなってしまったのは本当に寂しい。私と同じ気持ちの人はたくさんいたようで、壁に貼られたスタッフの方々からのありがとうメッセージの紙には、お客さんからのお礼の言葉がぎっしりと書き込まれていた。

「東京から20年間通い続けました」「いつも母を連れてくると喜んでくれました」「値上げしてでも続けて欲しかったです」…一つ一つ読んでいくと、多くの人がここで素敵な時間を過ごしていたことが伝わってきた。瑰泉はこの20年間、本当にたくさんの人の心と身体を癒し続けてきたのだろう。

閉館時間が近付き最後のお会計を済ませたら、スタッフの方が「今までありがとうございました。どうぞお身体にお気をつけてお過ごしください」と言って深々とお辞儀をしてくれた。その声が少し震えていて、私もつい涙目になってしまった。瑰泉の施設はもちろん、思い返せばスタッフの方々の接客もいつも素晴らしかったなぁ…。

「こちらこそ、ありがとうございました」とできるだけしっかりと伝えて外に出ると、閉館の瞬間を見届けようとする人々が待機していた。瑰泉は最後の最後まで人々に愛され、惜しまれながら閉館した。施設はなくなっても、私やみんなの中にある大切な思い出の数々はいつまでも心に残るのだと思う。

瑰泉のみなさま、これまで本当にありがとうございました。そして、長い間お疲れさまでした。
ikumi

Author ikumi

BEEKのスタッフ。サウナが好きすぎて「ranta」の屋号でサウナTシャツをつくって販売したり、サウナレビューを書いたりしている。 Instagram

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