【ON READING/読む時間】 #025「四尾連湖にて」

高原の夏というのは、刻々と移りゆく他の季節の終わりと違って、ある日気づいたら風や空気が変わっていて、ふっといなくなるような潔い去り方をする。たとえ残暑でそこにいくらか夏の面影を留めていてさえも、それはもう夏ではない。
そして8月が終われば、夏は強引に終わりを告げるのだ。
私はどんなに暑くても、夏が好きすぎるほど好きなので、毎年8月も終わりに近づこうとしてくると、切なくてたまらない気持ちになる。
泳げる限りは湖や海に行きたいと思うし、好きな店の冷やし中華や、夏の限定メニューは食べておきたいと思う。やり残したことを少しでも減らしておきたいのだ。

今年の8月は山歩きをした週末を除いてほぼ毎週末、市川三郷町にある四尾連湖(しびれこ)に泳ぎに行っていた。今年の夏は3週連続で通ったのでほぼ皆勤賞だ。
四尾連湖は、標高850m、周囲1.2km、最大水深13mで、ほとりには水明荘と龍雲荘の二つの山荘とキャンプ場がある小さな湖だ。
ここに初めて来たのはいつだったろうかと記憶をさかのぼっていたら、それは2012年の秋の終わりだったのを思い出した。
湖畔で、ある年までは毎年行われていた「焼き芋会」のイベントに移動本屋として出店したのが確か最初だった。
その時に水明荘の北島さんご夫婦ともお話をして、それ以来時折訪れるようになった。
去年までは、家から離れたあちらこちらの海や湖まで遠出をしていたのだけれど、今年の夏はコロナのこともあって県外へ遠出をする気にもなれず、かと言って近くの川はきれいだけれど、一日中泳いで過ごすには冷たすぎる。
その点四尾連湖は、小淵沢の家からはちょっと距離があるので下道で1時間半近くかかってしまうけれど、泳ぐには最適の水温で、泳げない人でもライフジャケットをレンタルすれば、湖にプカプカ浮いているだけでも気持ちがいい。
食事もできるから、手ぶらで気軽に行けるのも魅力だ。

私の場合はだいたい午前中に家を出て、着いたら対岸まで一往復のんびりひと泳ぎする。そうするとちょうどお腹もすくので昼食を。

水明荘さんにはカレー、ラーメン、うどん(温)の簡単な食事メニューがあるのだけれど、泳ぐ前ならカレーが食べたくなるし、暑い日でも泳いだ後の体は意外と冷えているので、ラーメンや温かいうどんもちょうどおいしく食べられる。
そう思うとシンプルかつよくできたメニュー構成だなぁと思う。(あと、もしかしたら裏メニューですでにありそうだけれど、うどんつゆで割って、カレーうどんもあったらうれしいかもしれない。)
水から上がった水着のまま、輝く湖面を眺めながらラーメンを食べられる場所なんてなかなかないと思う。

デザートには売店で売られている八ヶ岳の「YETI」さんのジェラートを。
この日食べたゴールドラッシュとうもろこしも、この前食べた蕎麦の実ミルクもつぶつぶが絶品だったけれど、ここのはどれを食べてもおいしい。
そして水際に沿ってヘラブナやハヤを眺めながら泳いだり、短い読書を何度か繰り返して、最後の締めにホットコーヒーを飲むと、そろそろ帰るにはちょうどいい時間だ。

水明荘の北島さんには、数年前にとあるイベントのことで相談をしたことがある。
その時に、『この湖はこの美しい水と環境こそが宝だから、目先の利益に飛びつくのではなく、それを大切に守りながら運営していきたい』と話されていたのが、とても誠実でまっとうで、今も心に残っている。
この湖には素朴な魅力がある。その魅力に惹かれるようにして、昭和の初めには、ソローの「森の生活」を読んで感化された若き詩人の野澤一が小屋を建てて5年ほど暮らした土地でもある。
その後昭和16年には北島さんの義理の曽祖父がこの地へ隠居し、戦後に宿を始めてからは、親子4代に渡って守り継がれている。
素朴であるがゆえに、通うほどにその良さがよくわかる。四尾連湖はそんな魅力的な湖だ。
◉四尾連湖/水明荘
http://shibirekosms.sub.jp/

[BOOK LIST]
「森の詩人 日本のソロー・野澤一の詩と人生」(彩流社)

四尾連湖にちなんだ本といえばこの一冊。
日本にも昭和の初めにはすでに「森の生活」のソローに憧れて、湖畔に小屋を建て、その暮らしを実践しようとした若者がいました。
結核のため、終戦をみることなく41歳の若さで一生を終えた知られざる詩人・野澤一が、最も彼らしい時間を過ごした場所が四尾連湖だったのかもしれません。


 

石垣純子

Author 石垣純子

mountain bookcase 長野県出身。本屋mountain bookcase店主。(※現在移転準備中)八ヶ岳山麓の「今井書店ふじみ店」の書店員でもある。石と旅好き。 Facebook / Instagram

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