【ON READING/読む時間】 #027「メリー・メリー・クリスマス」

スマホアプリを使えば、地方でも関東圏のラジオが聴けるようになったことを知って以来、(いつからだろう?もうだいぶ経っていますが。)毎年クリスマスイブの夜中は、ベッドにもぐって沢木耕太郎さんのラジオを聴くと決めている。
確かに、ラジオは今や聴き逃し配信でも聴けるのだから、何もイブの深夜0時から25日の午前3時という、普段は眠りについている時間帯にぬくぬくした羽毛布団に包まれながら、時折襲ってくる睡魔と戦いながら頑張って聴かなくてもいいのかもしれないが、それは例えばスポーツの試合を録画で見るようなもので、その時間に聴くことでしか味わえない魅力があるからこそ価値がある。
このコラム読んだ人がどのくらい沢木耕太郎さんの本を読んでいて、ラジオを聴いたことがあるのかはわからないけれど、聴いたことがある人なら、よりわかってもらえると思う。
1997年から続いているこの特別放送は、クリスマスイブの深夜、沢木耕太郎さんがその年に行った旅の話や出会った人々のこと、電話でのリスナーとの対話やメッセージなどで構成されている。
沢木さんがその年に感じたこと、大切にしていることなどが、軽やかで親しみのある語り口で語られる3時間だ。
毎回絶妙な選曲の数々もリストアップしたくなるほど良い曲ばかりなのだけれど、エンディングはトム・ウェイツのナンバー『Innocent When You Dream』と決まっていて、毎回同じ曲で締め括られるのが一年の終わりにふさわしく、聴き終えたあとにいつも安らかな気持ちになる。

そして、トム・ウェイツの同じ曲が使われている映画といえば、1995年公開の映画『スモーク』がある。
ブルックリンの街角で小さな煙草屋を営み、10年以上も毎日同じ時刻に同じ場所で撮影しているオーギーと作家のポールの交流から織りなされる心温まる物語は、ポール・オースターが1990年のニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』という短編小説がもとになっている。

この映画を見たのはずいぶん前のことだったけれど、原作の短編は読んだことがなかった。
正確にいうと、映画を見た時にはもとになった小説があることなど知らず、だいぶたってから『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』のことを知り、買って読もうと思った時には入手困難になっていた。
その本とは別に、原作が収録された本が今でも新刊で手に入るということを知ったのは、つい先月聴いた、Web版のBEEKに毎月アップされる“Radio BEEK”のトークだった。
11月末に惜しまれながら閉店してしまった甲府のコミュニティスペース「へちま」の店長の山本さんも『スモーク』に影響を受けて、へちまから見える風景の定点撮影をスタッフにも呼びかけて、7年間に渡って撮り続けていた。雨の日も風の日も、記録的な大雪が降った時も。
7年間で1600枚を超えた写真には変わりゆく町の時間が写しとられている。
(YouTubeにもアップされていて、これは2014年のもの。2015年版もあります)

それに関連して、山本さんが紹介した『翻訳夜話』という柴田元幸さんと村上春樹さんの対談形式の本の中に、それぞれが翻訳したバージョンと原書版が収録されていると話していたのを聴いて、その本ならもしかして自分の店のストックにあったかも、、と探し出し、やっと原作を読むことができた。

『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』は、わずか十数ページの小さな物語。
オーギーが毎日休むことなく撮りためた街角写真の中の、それぞれの人生の深さや軽さや時の流れや、それらを撮影したカメラを手に入れたいきさつに繋がる、目の見えない老婆と過ごしたおそらく彼女にとっての最後のクリスマスの逸話など、そのひとつひとつが小さなろうそくの灯火のように読み手の心をやさしく暖めてくれる。

クリスマスなんて、宗教観がごちゃ混ぜの日本じゃ所詮ただのイベントでしかないのかも知れないけれど、誰かとおいしいごはんを食べてもいいし、おいしいお酒を飲んでもいいし、たとえ誰とも過ごせない日であっても、沢木さんのラジオを聴いたり、本を読んだりしながら、世の中の人々がいつもよりほんの少しでもやさしい気持ちになることができたらいいなと思っている。
メリー・クリスマス。
そして良い年末年始をお迎えください。

[BOOK LIST]

「翻訳夜話」(村上春樹・柴田元幸/文春新書)
東大教養学部での柴田元幸さんの翻訳ワークショップに村上春樹さんが参加して、2人の対談に学生の質疑応答なども合わせて生まれた本。
翻訳裏話も興味深いし、柴田さんと村上さん二人のポール・オースターとレイモンド・カーヴァーの翻訳読み比べができるのも魅力です。


石垣純子

Author 石垣純子

mountain bookcase 長野県出身。本屋mountain bookcase店主。お店は基本的に土日月オープン。平日は八ヶ岳山麓の「今井書店ふじみ店」の書店員もしています。 Facebook / Instagram

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