ここ数年、家族が寝静まったクリスマスイブの深夜0時から3時まで、ほろ酔いの眠い目をこすりながら、作家の沢木耕太郎さんが一年に一度だけナビゲーターを務めるラジオ番組を聴いている。
近況からはじまり、旅の話、電話でのリスナーとのトークまで含めても、今時のラジオには珍しいくらいシンプルで、合間にかかる様々なジャンルからの選曲も絶妙で、素晴らしく私の好みに合っている。(そして沢木さんの声も。ずっと思ってるのだけど、その声はいつでも青年のようだ。)
毎回この番組の最後を締めくくるのがトム・ウェイツの「INNOCENT WHEN YOU DREAM」。
初めて聴いたとしても、そのノスタルジックな旋律に心が揺らされる曲で、この曲は偶然にも私の印象的なクリスマスの思い出と重なっている。
近況からはじまり、旅の話、電話でのリスナーとのトークまで含めても、今時のラジオには珍しいくらいシンプルで、合間にかかる様々なジャンルからの選曲も絶妙で、素晴らしく私の好みに合っている。(そして沢木さんの声も。ずっと思ってるのだけど、その声はいつでも青年のようだ。)
毎回この番組の最後を締めくくるのがトム・ウェイツの「INNOCENT WHEN YOU DREAM」。
初めて聴いたとしても、そのノスタルジックな旋律に心が揺らされる曲で、この曲は偶然にも私の印象的なクリスマスの思い出と重なっている。
まだ社会に放り出されたばかりの19歳の私は、ひょんなことからバルセロナに住むことになった。
そして初めて迎えた20歳の冬、クリスマス休暇をもらった私は、グラナダに住む特別な友人に会うために、旅費節約のためとおもしろそうだからという理由で、スペイン人の若者男女3人がグラナダへ帰省するのに、彼らの車に便乗して行った。
狭い車の後部座席に乗り込んで、彼らの早口のスペイン語に必死でついてきながら、時にはわかったようなフリをして曖昧な返事や笑顔でごまかしつつ、小説や映画ばりの珍道中を楽しみながら南へ向かった。
もうそろそろたどり着くという頃だったか、何もない荒涼とした風景を見た時に、ビクトル・エリセの映画で見たような、私にとっての「スペインらしい風景」を初めて見たと思った。
そしてアルハンブラ宮殿やフラメンコで知られる南スペインのグラナダに到着した。
クリスマス休暇中は、サクロモンテの丘にある、友人が借りて住んでいたジプシー特有の白壁の洞窟のような、もしくはアリの巣のような不思議な家に滞在した。
日本人が珍しかったのか、そこではふらりと近所のフラメンコギター弾きのおじさんがやってきて即席ライブが始まったり、仲良くなったジプシーのお家に招かれて行ったり、ガスボンベが空になってしまったので、友人が火を熾してかまどで煮炊きしたりと、今思い出しても実に現実味のない日々を過ごした。
他にも、床に殻を捨てながらワイン片手にカタツムリをつまむ昔ながらのバルや、ハンドメイドの革製品などの市が集まる広場など、市内のあちらこちらへ歩いて出かけた。その広場で記念に小さな革のコインケースを買った。
乾燥のせいか、きりりとしすぎるほど空気が冷たく引き締まったグラナダの冬。
空の青さが少しづつ深まりながら夜に近づいてゆく夕暮れ時、その広場からの帰り道だ。あの曲が流れてきたのは。
石造りの古い建物の、上の階から聞こえてきた古びたオルガンとピアノのメロディ。そして独特のざらりとしたハスキーな歌声。
それがトム・ウェイツの「INNOCENT WHEN YOU DREAM」だった。
その曲が旧市街の風景に見事に溶け込んでいる様子はあまりに美しくて、今でも鮮明に思い出すことができる。
日本人が珍しかったのか、そこではふらりと近所のフラメンコギター弾きのおじさんがやってきて即席ライブが始まったり、仲良くなったジプシーのお家に招かれて行ったり、ガスボンベが空になってしまったので、友人が火を熾してかまどで煮炊きしたりと、今思い出しても実に現実味のない日々を過ごした。
他にも、床に殻を捨てながらワイン片手にカタツムリをつまむ昔ながらのバルや、ハンドメイドの革製品などの市が集まる広場など、市内のあちらこちらへ歩いて出かけた。その広場で記念に小さな革のコインケースを買った。
乾燥のせいか、きりりとしすぎるほど空気が冷たく引き締まったグラナダの冬。
空の青さが少しづつ深まりながら夜に近づいてゆく夕暮れ時、その広場からの帰り道だ。あの曲が流れてきたのは。
石造りの古い建物の、上の階から聞こえてきた古びたオルガンとピアノのメロディ。そして独特のざらりとしたハスキーな歌声。
それがトム・ウェイツの「INNOCENT WHEN YOU DREAM」だった。
その曲が旧市街の風景に見事に溶け込んでいる様子はあまりに美しくて、今でも鮮明に思い出すことができる。
人生には時々、まるで映画のようだと思う瞬間が訪れることがある。
その時一緒だった特別な友人とは、もう二度と会うことはできない。
あの時市場で買った記念のコインケースも、それからずっと後のことだけれど、ペルーの路線バスにうっかり忘れてきてしまった。
今年も沢木耕太郎さんのラジオを終わりまで聞いたなら、同じ曲がまた流れてあの日々のことを思い出すのだろう。
記憶の中のその時間は、私が私でいる限り、無くすことのない一生の宝物だ。
その時一緒だった特別な友人とは、もう二度と会うことはできない。
あの時市場で買った記念のコインケースも、それからずっと後のことだけれど、ペルーの路線バスにうっかり忘れてきてしまった。
今年も沢木耕太郎さんのラジオを終わりまで聞いたなら、同じ曲がまた流れてあの日々のことを思い出すのだろう。
記憶の中のその時間は、私が私でいる限り、無くすことのない一生の宝物だ。
[BOOK LIST]
「深夜特急・第三便」「天涯」/沢木耕太郎
沢木耕太郎さんの20代の時の長い旅を綴った『深夜特急』は、旅好きなら一度は読みたい旅の本。第三便はヨーロッパの旅が綴られた最終章。
『天涯』は作家・沢木耕太郎さんの初めての旅の写真集。旅のかけらのような空気感のある写真と文章、様々な本からの引用と余白がロードムービーのような一冊。