【ON READING/読む時間】 #013「クイーンという光」

我が家には私と夫のものを含めて、実はそこそこクイーンのアルバムがある。これまでも時々ひとりで車で爆音で聴いていたけれど、今年こんなにもクイーンを改めて深く知り、誰かと熱く話をするなんて思ってもいなかった。

クイーンの伝記的映画「ボヘミアン・ラプソディ」が秋に公開されて以来大ヒットとなっている。それと同時にクイーンやフレディ・マーキュリーの関連動画の再生回数も、世界規模で記録的な数字を出しているらしい。
この作品は、何度も映画館へ足を運ぶ人の多さでも飛び抜けている気がする。
生粋のクイーンファンでなくても、周りには3回4回と観ている人がザラにいる。私も先日2回目をイオンで見終わった時も、隣のカップルの彼の方が3回見たことを彼女に話しているのが聞こえてきた。それってなかなかすごいことだ。
『映画館へ足を運ぶ人が減っていっているこのご時世に、この作品は家を出て、映画館で映画を観る魅力を再定義した』というコメントをネットで読んだ時は大いに納得した。
大きなスクリーンと音響が整った映画館で観ることで、さらに心に残る作品だと思う。

映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、70年代のイギリスで生まれたバンド「クイーン」のヴォーカル、フレディ・マーキュリーに焦点をあて、バンド結成から85年のアフリカ難民救済のためのチャリティライブ「ライブエイド」での圧巻のステージまでを再現した伝記的音楽映画だ。
もちろんドキュメンタリーではないので、史実と順序が若干異なったりすることもあるけれど、例え史実と異なる部分があったとしても、主役のラミ・マレックの瞳がフレディと違ったとしても、映画を見ているうちにそんなことなど全く気にならなくなってしまう。

この映画には、葛藤や孤独や友情や家族のこと、異性や同性間の恋愛など、あらゆる要素が詰まっていて、見ている側は必ずそのどれかに共感することができるんじゃないだろうか。
「居場所のない者、悩める者、弱き者、名もなき者に捧げる物語」という言葉も音楽も、心が弱っている時にこそ一層響く。

そしてこの映画がすごいのは、映画を見終わった後も実際のライブやインタビュー動画をyoutubeで見たりして、より深くクイーンの世界を知りたくなってしまうことだ。これは半数以上の人に当てはまるんじゃないだろうか。そして彼らの音楽の独自性や革新性を知れば知るほどハマってしまう。

ロックという枠を超え、様々なジャンルの音楽要素を独自に取り入れたクイーンの音楽は年月を経てもその輝きを失わない。
私はクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」はベートヴェンの第九と並ぶくらい名曲だと思っているし、数々のバラードもどれも旋律が本当に美しい。サビの歌詞が日本語で書かれた「Teo Torriatte」は大好きな曲のひとつだ。
ボーカルのフレディ・マーキュリーの高音から低音までどんな曲も歌いこなしてしまう七色の声の素晴らしさ、ロイヤルバレエ団とバレエの舞台にも立ち、世界最高のソプラノ歌手とも共演し、MVではユーモアたっぷりにヒゲのまま女装もする。クイーンの音楽は、あらゆる面でいわゆるロックが持つイメージや既成概念を超越している。
ステージでは「エーオ!」とフレディが会場に呼びかけ観客全員と呼応し合えば、どんなに大きなスタジアムでも、それは観客を巻き込む驚異的なパフォーマンスとなり、言語を超え、会場に独特の一体感を生む。これぞ彼ならではの画期的な発明だと思う。

映画自体は、構想から非常に長い年月の紆余曲折を経て作られたそうだけれど、公開された2018年というタイミングも良かったと思う。
フレディ・マーキュリーが亡くなった91年当時を振り返れば、性の多様性に対する考え方は今よりずっと狭いものだったし、AIDSに関する知識や理解も一般に浸透してるとは言い難かった。
89年にロバート・メイプルソープ、90年にキース・ヘリングと、様々な著名人がAIDSによって命を奪われ、世界中がAIDSの威力に恐怖し、スペインでは国を挙げてコンドーム使用キャンペーンが繰り広げられた。
あれから30年近くを経て、AIDSの研究もだいぶ進み、そして世界や日本の社会の性に対する理解も考え方も、ほんの少しずつだけれど変わりつつある。
LGBTや移民というものの存在や理解を含め、社会の反応やこの映画がもたらした様々な影響力を考えると、あらゆる意味で今この時に公開されたことはとても良かったと思う。

2018年の締めくくりに、フレディ・マーキュリーという唯一無二のエンターテイナーへの愛が込められた一本の映画と、この先も永遠に聴き継がれてゆくであろうクイーンの素晴らしい音楽が、現実に冷めがちな社会に熱を持ったコミュニケーションを生み出したり、自分らしく生きることの大切さについて考える機会をつくりだしていることに希望の光を見たような気がした。
これから迎える2019年も世界が暗闇に向かうことなく、光輝く未来へ向かうことができますように。
すべての人々が自分らしく人生を全うできる社会、それぞれの違いを理解し思いやることのできる社会が開かれていきますように。

[BOOK LIST]

フレディ・マーキュリーと私/ジム・ハットン

映画の公開によって復活した貴重な一冊。
フレディ・マーキュリーが死ぬまでの晩年を共に過ごした恋人ジム・ハットンによる手記はどこまでも優しい。人生を謳歌し生ききったフレディの姿がそこにある。
フレディが最後まで愛したのは映画にも出てきたかつての恋人、メアリー・オースティンだったかもしれないと個人的には思っているけれど、ジムがいたからこそ死ぬまでの日々を安らかに過ごせたのじゃないかと思う。
そしてこの本に綴られたフレディの死の瞬間は、まるで冬の湖から白鳥がそっと飛び立つように安らかだった。