【ON READING/読む時間】 #026「移転のこと」

このコラムでの報告がすっかり、だいぶ遅くなってしまったのですが、mountain bookcaseは9月26日に諏訪郡富士見町の商店街に移転しました。
新しい店舗は、あちこちにここの料理に胃袋をつかまれてしまっている人がいる「茶虎飯店」さんのお隣です。(ちなみに私はここの麻婆豆腐と油淋鶏がマイベスト中華です。)

今年3月末まで2年間お世話になった韮崎のアメリカヤの店舗も、お世話になった方々も、レトロなビルと窓から見える富士山と茅ヶ岳の眺めも大好きだったのですが、3坪という面積に加えて3階という位置が本屋を始めてみたら、やはり思った以上に運営しづらいものがあり、次第に「移転」の2文字が頭から離れなくなってしまいました。
悩んだ末、1月末に韮崎からの移転を決めたのですが、そこに予想もしなかったコロナ禍が加わってしまったので、バイト先も甲府の春光堂書店と富士見の今井書店の2つだったのを今井書店だけに絞り、それに自宅近所のいちご農家のバイトを増やして、自宅に近い場所で移転先を探す月日を過ごしていました。

スムーズに移転先が決まるだろうと思っていた4月以降の数ヶ月は、今考えるとあっという間だったのですが、その時は正直いって長いトンネルの中にいる気分でした。
一時は本当にどこにも移転できないかもしれないと、崖っぷちにたどり着いたような気持ちになったり、きっとなんとかなるだろうと思ったり、そんなアップダウンを繰り返していたら、7月に「茶虎飯店」の倉林さんが「倉庫に使っている隣の建物の荷物を奥の部屋に移動できるので、道路に面した部分を使いますか?」と言ってくれて、それを聞いた時は本当にうれしかったです。
8月にはその建物の大家さんと個別に契約書を交わすことになり、8/11、偶然にも亡くなった父の誕生日で、本来ならば“山の日”という特別なその日に無事に契約することができたのでした。

契約初月の9月からは、とにかく改装工事を急がないとと、他の仕事の合間を縫って夫とホームセンターを往復して資材を調達し、改装にコストも時間もかけられないので、大工仕事は素人ながらも出来る限り心地いい空間を作ろうとバタバタしていました。古本の値段付けには娘にも協力してもらい、普段ソロ活動の多い我が家にしては珍しく一致団結した9月前半でした。(たまにはこういう機会もよいものだと思いました。)
そして9/26(土)の大安吉日、無事に移転オープンの日を迎えることができました。

オープンは9月中の週末に間に合うかどうかはっきりわからなかったのと、時節柄あまり大きく告知するのもなんだかなぁと思ったので、改装中の写真だけコツコツアップして静かにオープンしたのですが、当日は知っているお客さんもそうでない方も、いろんな方が訪れてくださって、お祝いの言葉をたくさんいただいて励まされ、自分が思っていた以上に本屋のオープンを楽しみに待っていた方々の存在に、いい意味で身が引き締まる初日となりました。

移転先の富士見町は、実は私の生まれ故郷でもあります。
店の前の通りも小学校時代の通学路でした。店から帰宅途中の小学生たちを見かけると、子どもの頃の自分の姿が重なります。
あの時は、ゆくゆくここで本屋をしている自分なんて想像もしていなかったなぁと思うと、とても不思議な気持ちです。
酒屋さんや床屋さんはじめ、昔からある場所もまだまだ残っています。先日もつい5-6年前に何十年ぶりかで故郷に戻ってきたというご年配の方が寄ってくださって、昔の商店街の話になったのですが、その時も懐かしい気持ちになりました。
けれどずっと地元が好きだったというわけでもなく、中学卒業後に進学で実家を出た時には、ここの自然は大好きだけれど、将来地元に帰ることはないかもしれないと思っていたくらい退屈だと思ってもいました。
社会人になって数年後、建築が魅力的なホテルができたことを知って戻ってきて、北杜市に住むようになってからもずっと山梨で仕事をしていたので、隣町であっても心の中になんとなく一定の距離感がありました。近すぎるからこそ距離を置いてしまうような、そんな感じが長く続いていました。
時を重ねて昨年父が亡くなったことでも、いろんな心境の変化が生まれたり、今もお世話になっている今井書店に声をかけていただいて仕事をするようになったことも故郷との距離が縮まったきっかけかもしれません。

そんな近くて遠かった町に戻ってきて、本屋を開いて感じたのは、ずっと変わらずそこいた人、そこに移り住んできた人、そこに戻ってきた人など様々な人たちが交流してきたことで、まるで畑をコツコツと手入れするようにその場所が変化していたということでした。
どんな場所でもその場所の扉が開かれ、大切に思って耕す人たちが居さえすれば、きっと良い場所になってゆく。
それはどこにいても変わらない、核心なのではないかと感じています。

[BOOK LIST]

「帰れない山」(パオロ・コニェッティ/新潮社)

都会育ちの内向的で繊細な少年ピエトロが、毎年夏になると父に連れられて過ごした父の故郷の山村で、山育ちの野生的な少年と出会います。
この物語はそこから二人の少年時代・青年時代を経て壮年までを描いた物語です。
少年二人と父親の山暮らし、廃屋探検、都会暮らしとの対比、父の死、そこに北イタリアの自然と山の風景を思い浮かべながら読み進めるうち、自分も物語に出て来る友人のひとりであるような気持ちになっていました。
後半、山育ちのブルーノがピエトロに語る言葉にこんな言葉があります。
『人は誰しも人生で身につけたことをするしかないのさ。まだ若いうちなら、別の道を行くこともできるかもしれない。だけど、ある程度の年齢に差しかかったら、立ち止まって自分に言い聞かせるしかない。
よし、自分はこれならできるけれど、別のことは無理だってね。だから俺も、どうしたいのか自分に問いかけてみた。俺は山でなら生きていかれる。この山奥に独り残されても、生き延びる自信がある。捨てたもんじゃないだろ?
なのに、そのことになんらかの価値があると
気づくまでに、四十年もの歳月を要したんだ。』
本を読んでいて、人生である程度の時間と経験を重ねたあとでないと心にすっと入っていかなかったり、想像では補いきれない文章というものがありますが、この台詞は今の自分にとっては読みながら、言葉のひとつひとつが体に染みていくようでした。
この本の原題は「八つの山」という古代インドの世界観に基づいたタイトルがつけられているのですが、そこにも思わず八ヶ岳の姿を重ねてしまいました。

石垣純子

Author 石垣純子

mountain bookcase 長野県出身。本屋mountain bookcase店主。お店は基本的に土日月オープン。平日は八ヶ岳山麓の「今井書店ふじみ店」の書店員もしています。 Facebook / Instagram

More posts by 石垣純子