【ON READING/読む時間】 #020「ナモシラズヤマ」

小淵沢の自宅の私の部屋から見えるのは、名峰「甲斐駒ヶ岳」、ではなく、ふんわりこんもりとしたゆるやかな山々だ。

Googleマップで調べてみたものの、名前がわからず、撮った写真には「家から見える名前も知らない山」と分類用のハッシュタグをつけてみたが、それも長いのでつい最近「#ナモシラズヤマ」という名前をつけてみた。
そもそもすべての山というものに名前がつけられているのかどうかさえ、私はわかっていないのだけれど、もしかしたら本当は「霧山」だとか、言い伝えにちなんだ名前だとか、素敵な名前がつけられているのかもしれない。
家から見える「ナモシラズヤマ」の左方向には甲斐駒ヶ岳が続く。しかし、手前に見えている雑木林が冬に落葉するものの、その奥にある林が高い杉や針葉樹の木立なので、それらの木々に風景がブロックされて、それが倒木か伐採でもされない限り、うちからは甲斐駒ヶ岳は見えることはない。

私は小淵沢から見える甲斐駒ヶ岳の姿がとても好きなので、10年ほど前に越してきた時には、「せっかく小淵沢に住んでるのに甲斐駒が見えないのはなんて残念なんだ!」と思っていたし、家からの眺望のネガティブポイントだとも思っていたけれど、慣れというのは愛着を生むもので、これまで撮ったすべての「ナモシラズヤマ」のインスタグラムの投稿に分類用のハッシュタグをつけながら四季折々の写真を見ていたら、この山のことをじわじわ好きになっている自分に気がついた。
なんというのか、幼なじみとかいつも会っていた同級生が急に素敵に見えてしまう日がふいに訪れたようなそんな気分だ。

冬に雪で白くなった「ナモシラズヤマ」のInstagramの投稿にコメントしてくれたカナダ人の知り合いは、その姿を「まるでフェルトの毛布を岩のベッドにかけたみたいですね」と詩的に表現してくれたりした。そんなことも、この名もなき山を好きになったきっかけの一つになっているのかもしれない。
毎日起きた時に窓から見える「ナモシラズヤマ」は、季節や天候によって表情を微妙に変えながらいつもそこにある。
日々見続けているうちに馴染んで来たこの山の魅力に、ゆるやかに気がつけて良かったなぁと思う。
いつもの風景、空気みたいな家族の存在、おなじみの店の大好きなカレーの味、毎朝食器棚から取り出すマグカップ、体になじんだソファーのくぼみ、毎日変わらずそこにある山の姿。
不安定な日々の連続の中にある時こそ、ふと見回せば見えてくるそんな慣れ親しんだものたちの「揺るぎない存在」というものに助けられているのだなぁと感じる。

[BOOK LIST]

「永遠のソール・ライター」(小学館)

1950年代からニューヨークで一流紙のファッション・フォトグラファーとして活躍し、名声を得ながらも有名になることより自分らしく生きることを選び、80年代に突然商業写真から退いて自分の身の回りの風景を最期まで撮り続けた写真家・ソール・ライター。(1923-2013/享年89)
彼の自宅周辺で撮られた写真からは、あたりまえの風景の中に常に何かを発見し、心を躍らせている彼の姿が見えてくる。
日々の中に驚きを見つけられることができる人生は幸福だ。

 

「写真を見る人への写真家からの贈り物は、日常で見逃されている美を時々提示することだ。」(ソール・ライター)


 

石垣純子

Author 石垣純子

mountain bookcase 長野県出身。本屋mountain bookcase店主。お店は基本的に土日月オープン。平日は八ヶ岳山麓の「今井書店ふじみ店」の書店員もしています。 Facebook / Instagram

More posts by 石垣純子