【ON READING/読む時間】 #018「ファミリーツリー」

昨年暮れ、もう長くはないかもしれないからぜひ会いに行って欲しい、と親戚から連絡をもらい、使命感のようなものと、もう時間があまり無いかもしれないという予感のようなものを感じて、埼玉の病院に入院した叔母のお見舞いに、夫と私の母と3人で行ってきた。中央道から圏央道をするすると抜け、まだ郊外にはこんなに広いお茶畑や土地が残っていたんだなぁと助手席で思っているうちに、何十年もご無沙汰していた、かつて訪れたことのある町に着いた。
昼食を済ませに病院の近くのショッピングモールのフードコートに寄ったあと、出来てからまだ数年だというその新しくて大きな病院へゆく。4階が緩和ケア病棟だ。
そのホテルのようなゆったりとした作りは、どことなく甲府の県立中央病院を思わせた。

病棟の受付で自分と叔母の名前を告げると、良く来てくれましたという感じでひとりの看護師さんが近づいてきて、病室のベッドに横たわる叔母を開いたドアの外からうかがいながら、私たちにそっと「今日は朝からあまり調子が良くないようです」とひとこと告げた。

そっと病室に入ると、うとうとと眠っていた叔母が私たちの訪問に気がついて、ぼんやりと顔をあげた。
長いこと会っていなかった叔母は相変わらずほっそりしていて髪もすっかり白くなっていたけれど、歳を重ね困難を乗り越えてきた人だけが持つ静かな美しさをたたえていた。
数ヶ月前に電話で話した時はまだしっかりとした話し方だったのに、病床の叔母は同じ人とは思えないほど、だいぶ弱々しくなっていた。

4人の間にほんの一瞬だけぼんやりとした時間が流れ、叔母の意識がはっきりと覚醒すると、叔母は私たち3人を交互に見た。
私は「本当にご無沙汰してしまってすみません。」と挨拶をし、結婚以来まだ一度も会わせたことのなかった夫を紹介した。
それから叔母は後から遠慮がちに入ってきた実の妹である私の母をじっと見つめながら、「よく、遠くから。」としみじみ言い、伝えたい思いをまとめるように静かに母を眺めていた。叔母と母が会うのは本当に久しぶりのことだ。もしかしたらすでに15年以上経つのではないだろうか。以前会った時の母はもう少しふっくらしていただろうし、今はすっかり抜けてしまった歯だってまだまだ残っていたはずだ。母は「老婆」という言葉があてはまるほど、ずいぶん年老いてしまった。

「もう会えないかと思ってた。」叔母はうちの母に向かってそう言いながら続けて、「人生には終わりがあるんだねぇ。」と、何度も何度も繰り返した。
その言葉は私には深すぎて、目の前で繰り返されるそのやりとりにわけもわからず思わず涙ぐんでしまった。
けれど病床の叔母の声の弱々しさも重なって、その言葉は耳が聞こえなくなってしまった母には聞こえていない。
こんなふうに発された、実の姉からの大切な言葉ですらも自分の耳で直接受け止めることのできない母を、私は心から不憫だと思った。なんとも例えようもない虚しさを感じた。
それでも実の妹の顔を一目見られた叔母の表情は安らかだった。もう何も思い残すことはないというくらい穏やかで、安堵感に満ちていた。

しばらくすると病室ににぎやかな声が聞こえてきた。子どもの頃は毎年のように会って遊んだ少し年下のいとこたちや、叔父さんや、その日初めて会ういとこのお嫁さんや小学生の子どもたちがやって来た。
大勢の訪問に急に病室は賑やかになって、部屋に生気が満ちてくる。

部屋のすみをふと見ると、小さなテーブルの上に叔母に見せるためにいとこが持ってきたという古いアルバムや、いい具合に色あせてセピア色になった写真の束が目に入った。
見てもいいかと尋ねてから手にとって、初めて見る若かりし日の祖父母の姿や、幼かった母たちの写真を一枚一枚しみじみと眺めた。

通信技師から戦後、工業高校の教師となった祖父は写真が趣味だったらしく、セルフポートレイトをはじめ、祖母や私の母や叔母の幼少期など、家族の歴史をたくさん記録していた。
今目の前でベッドで静かに終末へと向かう叔母にも子供時代があり、年老いた母もかつては小さな赤ん坊だった。
話に聞くだけでは想像できない過去も、写真があれば、それだけでその時代やその時の空気を感じることができる。まさに写真が持つ力である。

これまで私は、基本的に親戚とか血のつながりとか、そういうものにそれほど関心が無いまま生きてきた。
だけれどこの数年、父や親族の死を通して私もその脈々と流れる歴史の一つに属しているのだと気づくことが増えた。
すべての人生にはルーツがあり、歴史がある。そうして病室で叔母と家族と親族に囲まれながら同じ時間を過ごしながら、私たちはまるで一本の木のようだと思った。「家族」という血が脈々と受け継がれ、伸びてゆく大きな樹木のようだと思った。


[BOOK LIST]

「庄野潤三の本 山の上の家」(夏葉社)

家族の小説を生涯描き続けた作家・庄野潤三さんについてまとめられた一冊。
小説・随筆・お子さんたちからのお話、どこから読んでもしみじみやさしい。
わずらわしかったはずの血のつながりが、いつの間にかあたたかいものだと思えるようになった時、庄野さんが描く何気ない家族の物語の魅力が心に染みるのかもしれません。

石垣純子

Author 石垣純子

mountain bookcase 長野県出身。アメリカヤ3Fの週末本屋mountain bookcase、甲府の春光堂書店、長野県の今井書店の書店員。 石と旅好き。 Facebook / Instagram

More posts by 石垣純子