【ON READING/読む時間】 #011「名言と憧れ」

人が語った言葉のすべてを、一語一句録音するかのごとく正確に記憶できたらいいのになぁと思うことが時々ある。
先日も、とあるシンポジウムで高橋源一郎さんの話を聞いて心底そう思った。

時々、お互いの子どもが通う学校でお見かけすることはあっても、そこはプライベートな時間でもあるので、私は恐縮してしまって話しかけることができない。
そんな私にとって著書を読む以外、源一郎さんの語りを聞きたいと思ったら、源一郎さんが毎週パーソナリティを務めるラジオ番組をアプリの聴き逃しサービスで聴くという手段がある。(何と便利な時代だろう!)
特に「源ちゃんのゲンダイ国語」のコーナーは、紹介される本のどれにも興味がわいてしまうほど魅力的で、本探しにとても参考になっている。

そして冒頭に書いたシンポジウムが開催された日は、以前から高橋源一郎さんのファンである友人とがっつり話を聞きたかったので、ほぼ中央最前列に席をとった。
椅子に座って話されるのかと思いきや、源一郎さんはマイクを手に取り机の前に立ち、しかも2m範囲内を横に行きつ戻りつ話される。
さすが、14年間大学で授業をされているだけあって、目を合わせる人も、質問を投げかける人もおそらく心のどこかで定めつつ、すべてのタイミングで的確に言葉を選んで、絶妙のテンポで話されるので、心はつかまれっぱなし、集中しっぱなしだった。
源一郎さんは文章もうまいけれど、お話も実にうまい。

まずはご自身の出身校である、超有名進学校N高が、いかに暗記重視の考えさせないシステムの教育だったかを、ユーモアを込めて解説され、学校から学んだというよりも、興味深い同級生たちと話せるようになりたいという、ある種の書物と人への憧れから読書や様々なことを知りたい欲求が湧いてきて、学校以外の場所から学びがあったというようなことを話されていた。

何かに憧れるということはとても大事だと私も常々思う。
例えば恋愛だけにとどまらず、好きな人や興味のある人が聞いている音楽や、好きな本や映画を知ることは、個人の世界をグッと広げてくれる。
最近の私ごとで言うと、それまで吉増剛造さんの現代詩は難解でなかなか読めなかったりしたのだけれど、機会があって行った吉増さんの舞台で朗読とお話を聴いたら、その場でその人柄と文学に魅力されてしまって、厚さが5cm以上はある、装丁も凝りに凝った著書を思い切って購入してサインをしていただいた。
そこで久しぶりに、思いっきり背伸びをして何としても読みたいという思いに駆られた本に出会ったのだ。(これぞまさに憧れと言わずに何と言おう)

さて話を高橋源一郎さんに戻そう。
シンポジウムでは「文章を上達させるにはどうしたらいいか」という大学で行った授業についても話されていた。
その授業と同じくらいのタイミングで、高橋さんは渋谷109のショップ店員さんがきれいなのは何故なのか、店員さんに突撃インタビューをしたそうだ。
もはや新手のナンパかと思われたこのインタビューで「人に見られることを意識するからではないか」という店員さんの返答と出会った。
ちなみに高橋さんは添削は一切しないそうだ。添削をするということは、正解の文章が存在するということになってしまう。それに近づけることを良しとしてしまうことになってしまう。
それよりも、書いた文章を他人の前で朗読したり、とにかく文章を人前にさらすことが文章を上達させるための最適な方法だということだった。

今回は「教育」がテーマだったので、話の中心は教育に関する内容だったのだけれど、様々なお話から「あたりまえだと言われていることや常識を疑ってみることの大切さ」をたっぷりと感じた。

あっという間に時間は過ぎ、最後の質疑応答で、聞きたいことがまとまらない〜と、私は内心焦ってしまったのだけれど、どうしても何か一つはこの場で聞きたくて、その前の週だったかに本関係の友人からも質問された、『人生で一番繰り返し読んでいる本は何ですか?』ということを質問してみた。
高橋さんには笑いながら「内緒です!」と言われてしまったけれど、それがどんな本なのかは答えてくださった。
「繰り返し読む本というのは、音の調律で使う“音叉”のようなものだと思います。それは僕にとっては自分の調子を整えてくれたり、その時の自分の状態を確認することができるような本です。」というようなことだった。

その日は時間がなくて、「あとで内緒でこっそり教えます。」と折角言ってくれたのにもかかわらず、高橋さんが繰り返し読む本が何なのか、残念ながら知ることができなかったけれど、この次に出会ったらぜひ教えていただこうと思う。

【その人の人生において、何度も読む本というのはその人にとっての「音叉」である。】
こんな名言と出会えた瞬間に居合わせることができたのは、本屋冥利に尽きる。自分はなんて幸せなんだろうと思う。
という訳で、この日は「私の耳と脳が正確なレコーダーだったなら!」と思わずにはいられない日だったのでした。

[BOOK LIST]

「お釈迦さま以外はみんなバカ/高橋源一郎(集英社インターナショナル)

まるで源一郎さんのラジオ番組を文章化したようなおもしろさあふれるブックレビュー。
様々な本の「この本にはこんな読み方があったのか!」と知ることができる、思わず目からウロコの1冊です。

星の王子さま/サン=テグジュペリ、内藤濯 訳(岩波少文庫)

私が小学生の時に出会って以来、人生で一番繰り返し読んでいるのがこの本。
最初に読んだ時のことを、読むたびに思い出して初心を思い出すことも、読んだ時の年齢によって様々な感じ方もできる特別な物語。