【ON READING/読む時間】 #007「本屋の佇まい」

小さな田舎町のその本屋は、子ども時代の私の光だった。

何度か改装を重ねる度に大きくなって行ったその本屋の最初の間取りは、今でも容易に描くことができるほど記憶に刻まれている。
入口右手に雑誌や週刊誌があって、棚には文庫と単行本。左手に辞書や参考書と児童書。奥に細長くコミックのコーナー。レジ周りには珍しい切手コレクションや世界のコインなんかも売られていた。
私の記憶のはじまりに刻まれたその空間は、本当に本当に小さな店だった。

うちの母は特別本を読む人ではなかったけれど、父は電車で通勤していたせいか必ず本を携えていた。小説はあまり読まず、評論や経済に関するものばかりだったけれど、いつも本を携帯していないと落ち着かないという点においては、私は父のDNAを受け継いだのかもしれない。
そんな私の本好きは幼少期にはじまった。
年子の弟が子供の頃病弱だったせいで、母は弟に手をかけている時間がどうしても長くなり、そんな訳で私の隣には物心ついた時から子守のように本がいつもあった。
特に少し物寂しい物語に没頭し、まるで本が兄弟のように育った。
ありがたいことにうちは本代だけはお小遣いとは別になっていて、マンガ以外の読み物だったらよほど高すぎない限り買ってもらえた。そうなると本を買ってもらわなければ損、損とばかりにその利点をフルに活用し、最寄りの小さな本屋に入り浸っていた。

そんなまちの小さな本屋さんでも、昔は他のお店とは違う佇まいがあったように思う。
賑やかなBGMなんてなかったような気もするし、どちらかといえば、ちょっと背伸びしてむしろ自分をその空間になじませるような、静かな場所だったような気がする。
本自体も挿絵が渋かったり、岩波少年文庫ひとつとっても今のようにカラフルなカバーがつく以前は、背表紙の活字や紙の手触りが今の装丁よりもはるかに大人っぽく、高学年向けの細かい文字が詰まった物語を1冊読みきった時はなんだか誇らしかったりしたものだ。

あとその地元の本屋のことで思い出すことといえば、中学で英語の辞書を用意するときに、英語の先生が見せてくれたボロボロになるまで使い込まれた古い辞書の格好よさに憧れて、真似して革装のデイリーコンサイスの緑の辞書を取り寄せてもらったのをよく覚えている。
調べた単語に赤のボールペンで線を引き、その線が増えるごとに薄い辞書の紙の間に空気が入って、少しずつ辞書が膨らんでいく感じは、電子辞書では決して味わうことのできない紙の辞書ならではの育て方だ。

当時、図書館もないその小さな田舎町で、知りたいことを調べようと思ったら、その本屋さんと学校の図書室にしか入り口はなかったのだ。だから、本屋は私にとって知りたいことや好奇心の道筋を照らしてくれる光だった。
なぜ急にこんなことを書きたくなったかというと、先日名古屋に行く用があってついに行くことのできた「ちくさ正文館書店」が素晴らしく良かったからだ。

ちくさ正文館のことは知人から、名古屋に行くならぜひ行ってみてほしいとおすすめされていたり、職場の書店に名古屋からいらしたお客様が、「ここはちくさ正文館を思わせる選書ですね」と褒めてくださったのが、まだ行ったこともないというのにとてもうれしくて、これは早いうちに行かなくては、と思っていたのだ。

千種駅を出てすぐ、公園の脇にあるちくさ正文館は広すぎず狭すぎない建物が、大きく分けると3つのエリアに分かれている。
雑誌や実用書中心のエリア、文庫エリア、人文書と詩集やアート本のエリアを行ったり来たり、回りながら本が吟味できる。
本の選書もさることながら、本の並びが心地よくて、気づいたらあっという間に1時間半以上経ってしまった。
なんというのか、久しぶりにこの心地よさと愉しみを味わった。
読み手にその本を届けたいという意思が伝わってくる選書は、どの本からも誠実さを感じると同時に、人文書や詩集が置いてあるエリアでは棚を前にして、背筋がピンと伸びるような気持ちになった。
これは、かつて本屋で私が無意識のうちに感じていた空気と同じだと思った。
蔵書の数や内容に違いこそあれ、田舎の小さな本屋で感じたように、ここは世界への入り口だと感じた。

本屋は単に商品を売る場所ではない。人を育てる場所なのだと言われたような気がした。
本屋へ行くという醍醐味を久しぶりに堪能して、本当は山ほど本を買って帰りたかったのだけれど旅先だとそうもいかないので、小さな新書を一冊選んだ。
哲学者の鶴見俊輔さんの「思い出袋」というエッセイだ。
決め手になったのは、『私は、自分の内部の不良少年に絶えず水をやって、枯死しないようにしている。』という一文に出会ったことだ。
本と出会う喜びや楽しさが身に染みるような休日だった。
ああ、またひとつ憧れる本屋が増えた。


[BOOK LIST]
「思い出袋」/鶴見俊輔(岩波新書)
2015年に93歳で亡くなった哲学者の鶴見俊輔さんが晩年、「図書」という冊子に連載していた文章をまとめたもの。
日本とアメリカ2つの文化で育った鶴見さんの多角的で反権威主義的な視点と精神は、現代の不透明な時代にこそ必要なのだと思う。
物事を鵜呑みにせず、自分はどう考えるか。その判断力を養うためにも本は存在している。