【ON READING/読む時間】 #006「アメリカヤの記憶」

ぼんやりと曖昧なのに、部分的にはっきりとその光や映像を思い出せる記憶というのが、誰にでもあるのではないだろうか。

甲府市と北杜市の中間あたりに韮崎市という町がある。

ここ最近ではノーベル賞を受賞した大村智さんをはじめ、遡れば、阪急電鉄や宝塚の生みの親である小林一三さんがいる。スポーツでは世界のナカタも韮崎高校で学んだ。グラフィックやデザインが好きならば、膨大な資料やデザインの収集を通してアーカイブを未来へ残そうとした、デザインディレクターの故・柳本浩市さんも韮崎出身だ。実は様々な有名人を生んでいる町でもある。

その韮崎駅から見える巨大な白い観音像と、「アメリカヤ」という赤い文字看板のついた5階建・屋上付きの白いビルは、両方ともシンボリックで不思議な存在感を放っている。
このアメリカヤはかつて、そこに自噴する良質な水を使って作ったボンボンアイスで一世を風靡した歴史がある。

私はものごころつくかどうかの遠い昔、このアメリカヤが喫茶店だった頃、母に連れられて来た、というそこだけがはっきりした記憶がある。
それが一度きりだったのか、数回だったのかは覚えていない。韮崎の眼科に行った帰りに母と弟と本数の少ない電車を待ちながら、あとは想像でしかないけれど、きっとその時もデパートの最上階の食堂でいつも注文するのと同じように、エメラルドグリーンに輝くクリームソーダをうれしそうに飲んでいたんじゃないかと思う。

あれから時は過ぎ、大人になってから再び訪れることがないうちに、アメリカヤはいつの間にか営業を終了してしまった。
そうして誰も入ることができなくなってしまったアメリカヤは私の「妄想物件」だった。
借りたつもりになって、いろんな想像を巡らせると楽しい気持ちになれる物件を、勝手に「妄想物件」と呼んでいるのだが、アメリカヤを見ながら、住むなら広いテラスのある4階だな、とか、暑い夏の夜にはあのテラスにデッキチェアを置いてビール飲んだら最高だろうな、とか、何人かでビル一棟丸ごと借りたら何ができるだろうかとか、いろいろと妄想した。

7-8年くらい前だろうか、韮崎出身の知人とあのビルの魅力と、誰かが借りて再生したらおもしろい場所になるだろうと話した事もあった。
その時は、アメリカヤを再生させるのは資金的にも許可を得るのも相当難しいだろうということで、それからその人とアメリカヤについて話すことはなかった。
それが去年の秋、IROHA CRAFTさんがリノベーションを手がけると知った時には本当に驚いた。あのアメリカヤが再生するということに胸が高鳴った。

1Fがカフェ、2FをリノベーションやDIYのパーツなどを扱うショップ、3Fに5つのテナント、4FはIROHA CRAFTさんの事務所、5Fはイベントスペースとして、4/8のオープンに向けて着々と準備が進められている。

実は私には以前、韮崎で雑貨と本を扱う店をはじめようと思って準備をしていた時期がある。18年働いた会社を退職し、娘が小学校に入学した2012年のことだった。
この時はまだ機が熟していなかったのだろう。足踏み状態が続いたままいろんな事情が重なって、結局店舗を借りることは取りやめて、移動本屋の活動に切り替えた。
それが昨年秋、縁あってアメリカヤへのお誘いをいただき、春から店舗として3階の一室をお借りすることになったのだ。
韮崎とのつながりが巡り巡って再び訪れて来た。物事にはちょうどいい頃合いというものが確かに存在するようだ。

韮崎の移り変わりをずっと見続けて来たこのビルで、これからどんな日常を作って行けるのか、その日常もまた歴史になってゆくのかと思うと、BEEKの土屋さんも書いていたけれど、私も身の引き締まる思いがする。
mountain bookcase “Zimmer”(部屋)と名付けた小さな空間が、ほんの少しでも何か新しい世界を知ったり、入ってゆくきっかけになれたらうれしい。

独特でどこか異彩を放つこの建物の魅力は、私だけでなく、きっと多くの人々の記憶に刻み込まれているはずだ。写真や文章や、そんな人々の記憶のカケラもいつか集めてみたい。
アメリカヤの新しいページがめくられる日まで、あともう少しだ。


[BOOK LIST]
「ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行 東日本編」/都築響一(ちくま文庫)
日本に点在する個性的なスポットの数々を集めた本。今となっては貴重な90年代後半のアメリカヤの写真も掲載されています。店主の独創的なこだわりに圧倒されます。
「圏外編集者」/都築響一(朝日出版社)
独自の切り口で新しい価値観を生み続けてきた、都築響一さんの本作りについて知ることのできる一冊。とにかく好きとかおもしろいとか、他人の評価より自分のものさしを信じることがやっぱり大切なんだと励まされる。