【ON READING/読む時間】 #003「一番好きな。」

By 2018.01.11COLUMN

2018年、最初のお話。
突然ですが、私は甲府の「一刀斎」のカレーが日本で一番好きだ。
おいしいカレーは世の中に星の数ほどあるけれど、「味、ボリューム、価格。」このバランスが自分にとって過不足なく、ちょうど良いのがこのカレーなのだ。

「一刀斎」は、紅梅通りの岡島百貨店と寺崎コーヒーの中間くらいに位置する2階にある、甲府中心街ではおなじみのカレー屋さんだ。カウンターとテーブル席合わせて、20席にも満たないこの小さなお店は、中に入ると一見ジャズ喫茶のような雰囲気がありつつもBGMがない。
そのせいでどんなに賑わっていても、音といえば人が会話をする声と、スプーンがお皿にカチャカチャと当たる音くらいで、大体においてある一定の静けさが保たれている。

あまりおしゃべりではないご夫婦二人だけで切り盛りされているというのも、変わらない安定感があるし、オープンしてからは十数年らしいのだけれど、もう何十年も前からやっているような老舗感がある。

メニューはチキンカレー(¥600)とオムレツがのったオムカレー(¥700)の二種類のみ。
チーズや温玉などのトッピング数種類とコールスロー、そしてまだ飲んだことはないけれど、なぜか豆乳もメニューにある。

ここのカレーの特徴は、スパイシーでさらっとしてるのに味にコクがあること。
胃にもたれないし、むしろ食後すっきりするくらい健康的だ。
インド風でも欧風でもなくて、他に同じようなカレーがあったとしても、やっぱり確かにどこかが違う一刀斎ならではのカレー。オムカレーのオムライスだって、感心してしまうほど絶妙なとろみを残した仕上がりだ。

ここは美味しいよと、かなり以前から友人に聞いてはいたけれど、今の仕事につくまでは、甲府の中心街に来ることがほとんどなかったから、私の一刀斎デビューはたったの3年前だ。しかし、その3年間のうちにここのカレーを、一体どれ程食べただろう。特に冬場は大袈裟でもなんでもなく、私はここのカレーなしには生きられない。

甲府は我が家のある小淵沢よりだいぶ暖かいとは言っても、冬はマイナス気温にもなる。
カイロを背中とおなかに貼って、刺すように冷たい風を受けながら、バイクに乗ってあちらこちらへ配達してお昼前に戻ってくると、体はすっかり冷えきっている。
そんな冷えを体の芯から温めるのにいちばん効くのが、私にとってはホットコーヒーでもラーメンでもなく、「一刀斎」で一味をたっぷり振って味わうカレーなのだ。食べたあと、スパイスのチカラで血が巡ってきて、後からじわじわとポカポカがやって来る。それは包まれるような幸福感。

そして、一刀斎のカレーが温めてくれるのは冷えきった体ばかりじゃないのも素晴らしい。
落ち込んでる時も、疲れた時も、モヤモヤする時も、ここのカレーを食べるとイヤな気持ちも浄化されてしまう。
なんだかすっきりしないよなぁと、すこぶるネガティブな時に、こんな風に一人で食べて気分がリセットできる食べ物なんて、他にあるんだろうか。今のところ思いつかない。

私にとって、「この店やこの場所が甲府にあってくれて良かった」という場所がいくつかあるのだけれど、一刀斎は大切なそのひとつだ。
お店の方といろいろ話すわけでもないし、ランチタイムにささっと食べて帰るだけなのだけど、確かにここには私の心と体を励ましてくれるカレーがあるのだ。

[BOOK LIST]
「アンソロジー カレーライス‼︎」
安西水丸、伊丹十三、小津安二郎、藤原新也、向田邦子、山口瞳、吉行淳之介 他。
33篇のカレーにまつわるエッセイは、私たちはみんなカレーの子どもたちなのかもしれないと思いたくなるような、やさしくておいしそうなものばかり。
カレー色の紙に印刷されているのも、読みながらスパイシーな香りがしてきそうでいい。

石垣純子

Author 石垣純子

mountain bookcase 長野県出身。移動本屋mountain bookcaseと甲府の春光堂書店員。 石と旅好き。 Facebook / Instagram

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